30年

どうも、なっとうです★

 

阪神·淡路大震災

 

今日は、R7(2025)年1月17日

 

平成7(1995)年同日

 

時間は、5:46

 

あれから、30年

 

もう、そんななるん?

 

20年経った時は

 

もう、知らん世代いるんか?

 

思ったものですが

 

それから更に、10年経ったんですね。

 

知らん世代が、年々増えていきますね。

 

私は、30年前を知っています。

 

大きな揺れで目を覚まして

 

本棚の上に置いてた

 

陶器の人形が落ちて、割れたので

 

起きたばかりでしたが

 

それを片付けてから

 

別の部屋に移動して、

 

親がテレビをつけて見ていて

 

それに便乗して、画面に目をやると

 

街が、道が、建物等が、脆くも崩れ去り

 

所々、炎と煙が上がっている

 

神戸の映像に、酷く衝撃を受けました。

 

え?

 

割れ物が割れただけでは、済まへんの?

 

印象に残り過ぎていて

 

忘れる事も無く、30年も経つのに

 

今も、はっきり覚えています。

 

お陰様で、大きな被害は無かったです。

 

ですが、その時に、

 

大惨事に見舞われた

 

そんな地域が、確かにあります。

 

震災当日から、後に掛けて

 

亡くなられた方々の

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

当初は、命が無事に繫がった方々が

 

過酷な環境下から始まり

 

時間を掛けて、確かに

 

街が復旧して行きました。

 

先日、久しく、

 

三ノ宮に行きました。

 

若い子が見たら

 

地震で崩れた過去があるとは

 

よもや、思えへん

 

nattousan.hatenablog.jp

 

それ程に、街の様子は

 

復旧されていて

 

日常の時間が、流れていました。

 

そこに至るまでに

 

何れ程の、ご苦労を

 

重ねて来られたのか?

 

想いを馳せると、

 

胸が詰まります。

 

それから

 

頭が上がらない程

 

感謝の気持ちも

 

込み上げて来ます。

 

今、楽しめているのは

 

そう言った、見えない所で、

 

ご尽力頂いた、

 

名も知らぬ、皆様のお陰様です。

 

有難うございます!

 

地震が多い国なので、

 

被災したら、復旧する

 

というのは、流れになっている

 

その筈です。

 

ですが、昨年の元旦に

 

大きな被害に見舞われた

 

能登の地域は

 

復旧の進捗が

 

異常と思う程、鈍いそうです。

 

日々、無事に暮らせる

復旧作業をして頂ける

 

と言う、どれにおいても

 

当たり前、は、絶対にありません。

 

だからこそ、そこに

 

道を拓いて尽力頂ける

 

それは、感謝をいたします。

 

ですが、人の命を

 

疎かにする

 

その方向へと

 

舵を切るのは

 

勘弁願いたいです。

 

いつも、人様の為に

 

ご尽力下さる皆様

 

有難うございます。

 

皆様のご無事を、願います。

 

今回は、ここまでです。

 

有難うございます!

 

またね★